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ハイレゾは本当に高音質? ~交響組曲 宇宙戦艦ヤマト~ [検証可能な音質比較]

 最近はアナログ収録の往年の名盤がハイレゾでリリースされる例が増えてきました。アナログテープがマスター音源の場合、ハイレゾでの配信はいったいどの程度のご利益があるものなのでしょうか?
 今回は日本のアニメサントラ盤の原点とも言える「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」を例に、これを検証してみたいと思います。

 「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」は言わずと知れた宮川奏の作曲による劇伴のオーケストレーションで、オリジナルのLPレコードは 1977年12月25日の発売です。アニメーションがテレビ漫画と呼ばれていた当時、主題歌以外の劇伴が音楽集として発売されるなどということはまずありえませんでしたので、文字通りアニメBGM集のさきがけとなった一枚です。正確に言うと、このアルバムはいわゆるサウンドトラック盤ではありません。実は1974年放映のTVシリーズ「宇宙戦艦ヤマト」のオリジナルの劇伴はモノラルでの収録になっていて、確かにストリングスをフィーチャーした楽曲はありますが、どちらかというとビッグバンドのようなジャズテイストのアレンジがメインでした。1977年8月にTVシリーズを再編集した劇場版が公開され、ようやく知名度が全国区になるわけですが、本作はその人気を受けて劇伴を新たに大編成のオケ用に編曲し、ステレオで録り直した「イメージアルバム」という位置づけになります。
 その後、劇場版のビデオソフト化の際に音声のステレオ化が行われ、本アルバムの楽曲も逆輸入されて劇伴として使われることになりましたので、今では「サウンドトラック盤」と名乗るのもあながち間違いではないと思います。

CQ-7001 (1977/12/25)
LP
yamato_jacket_LP.jpg

yamato_LinerNotes.jpg

 LP封入のライナーノートには、オケのメンバ一覧に加えて、レコーディングに使った機材の抜粋が掲載されています。音質的に気を使ったアルバムにしてあるぞ、との強い自負を感じます。

 さて、この作品のデジタル音源ですが、現在までに異なるマスタリングの3種類のCDと、ハイレゾの音源がリリースされています。
 まずは1985年6月21日に初CD化された 32C35-7529です。このCDは10年後の 1995年に復刻され、COCC-12227 として再販されています。

32C35-7529 (1985/6/21) / 再販 COCC-12227 (1995/1/1)
CD
交響組曲 宇宙戦艦ヤマト Symphonic Suite Yamato

交響組曲 宇宙戦艦ヤマト Symphonic Suite Yamato

  • アーティスト: シンフォニック・オーケストラ・ヤマト,宮川泰
  • 出版社/メーカー: 日本コロムビア
  • 発売日: 1995/01/01
  • メディア: CD

 次が2004年に生誕30周年記念企画の「ETERNAL EDITION」として再マスタリングされた COCX-33021 です。TUNED-CD仕様で販売されました。

COCX-33021 (2004/11/25)
CD
生誕30周年記念 ETERNAL EDITION PREMIUM 宇宙戦艦ヤマト CD-BOX

生誕30周年記念 ETERNAL EDITION PREMIUM 宇宙戦艦ヤマト CD-BOX

  • アーティスト: シンフォニック・オーケストラ・ヤマト,宮川泰
  • 出版社/メーカー: コロムビアミュージックエンタテインメント
  • 発売日: 2004/11/25
  • メディア: CD

 さらに2012年には「YAMATO SOUND ALMANAC」シリーズの第一弾として、オリジナルのアナログマスターを新たに24bit 96kHzでデジタル化して再マスタリングが行われ、高音質「ブルースペックCD」仕様で発売されました。このCDは現在も入手可能です。

COCX-37382 (2012/7/18)
CD
YAMATO SOUND ALMANAC 1977-I「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」

YAMATO SOUND ALMANAC 1977-I「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: 日本コロムビア
  • 発売日: 2012/07/18
  • メディア: CD

 この時にハイビットでデジタル化した音源を使い、2014年にはハイレゾ配信がリリースされています。

COKM-32741 (2014/8/6)
HiRes
yamato_jacket_HiRes.jpg 交響組曲 宇宙戦艦ヤマト【24bit/96kHz】
 mora
 https://mora.jp/package/43000013/COKM-32741_F/
 e-onkyo
 https://www.e-onkyo.com/music/album/cokm32741/



 これら3種類のCDのマスタリングの違い、およびハイレゾ音源のリリースの経緯については、

宇宙戦艦ヤマトハイレゾ配信:
吉田知弘(音響監督)&山下由美子(マスタリングエンジニア)対談
https://mora.jp/topics/interview/yamato_hires_talk/

で詳しく触れられています。
 この対談に限らず、web上のレビュー記事等を見ても、本作は再マスタリングするたびに音質が向上していると評価されています。が、どうもセールストークが多分に含まれているようで、筆者はあまり額面通りに受けとる気にはなれません。というのも、昨今の業界の音圧競争のあおりで、同じ音源であれば古いプレスのCDの方が音がいいケースがほとんどだからです。やはり実際に聴いてご自分の耳で判断されるのがいいかと思います。
 とは言え、オーディオレビューにありがちな主観表現を並べるだけでは「科学的かつ検証可能」を標榜する本ページの趣旨にあいませんので、なるべく客観的な根拠を挙げて音質比較をしていこうと思います。今回比較するのは、最初にCD化された 32C35-7529 (CD 1985年盤) と、最新の「YAMATO SOUND ALMANAC」(CD 2012年盤)、およびハイレゾ音源 (HiRes 2014年盤) の3者です。
 まずは波形を比較してみましょう。1曲目「序曲」の波形を以下に示します。

波形 (1.序曲)
yamato01_waveform_CD1985.pngCD 1985
最大音量: -1.1 dBFS (Peak)
平均音量: -25.0 dBFS (RMS)
DR: 23.9 (dB)

yamato01_waveform_CD2012.pngCD 2012
最大音量: -0.2 dBFS (Peak)
平均音量: -19.1 dBFS (RMS)
DR: 18.9 (dB)

yamato01_waveform_HiRes2014.pngHiRes 2014
最大音量: -0.1 dBFS (Peak)
平均音量: -21.1 dBFS (RMS)
DR: 21.0 (dB)


 先に挙げた対談記事にもあるように、初期のCDは「マスタリングらしいマスタリングは行われていない」ため、1985年盤はヘッドルームも十分に確保された愚直な波形になっています。おそらくこれがアナログマスターテープに入っている素の波形だと思われます。
 これに対して、2012年盤は平均音量 (RMS値) が実に+6dBもアップしており、Peak/RMS の比として定義した DR は 23.9 → 18.9 と5dB減少しています。ピークを潰して海苔波形化しているというよりは、音量の大きなパートはボリュームを下げて聴きやすくしている感じです。曲の後半、4分20秒付近からにラストにかけて直線的に音量が上がっていきますが、2012年盤は途中から音量の上がり方が緩やかになっています。
 ハイレゾの2014年盤も基本は同じようなマスタリングになっており、1985年盤に比べるとDRは3dB減少しています。先の対談には「(2012年盤は) 16bitのCDに収めるために弱音部を嵩上げしてDレンジを圧縮したが、ハイレゾはその必要がないので弱音での表現や余韻も充分に聴こえる」との説明がありますが、CD 2012年盤とハイレゾ2014年盤との平均音量差はわずか2dB (= 1/3 bit 相当) で、この説明にはかなりちぐはぐなものを感じます。せっかくの24bitのビット深度を有効に活用しているようには見えません。
 もう一曲、音量が小さめの曲ということで、木村好夫のガット・ギターと、外山滋のバイオリン・ソロが聴きどころの10曲目「回想」の波形を以下に示します。

波形 (10.回想)
yamato10_waveform_CD1985.pngCD 1985
最大音量: -8.5 dBFS (Peak)
平均音量: -32.0 dBFS (RMS)
DR: 23.5 (dB)

yamato10_waveform_CD2012.pngCD 2012
最大音量: -2.3 dBFS (Peak)
平均音量: -25.4 dBFS (RMS)
DR: 23.1 (dB)

yamato10_waveform_HiRes2014.pngHiRes 2014
最大音量: -2.7 dBFS (Peak)
平均音量: -26.9 dBFS (RMS)
DR: 24.1 (dB)


 この曲は最大音量がフルスケールにとどいていないので、あえてマスタリングでピークを潰す必要がなく、どの音源もDRは23dB前後で横並びになっています。音量の小さい1985年盤はピークでも -8.5dBFS ですので、16bit 中の上位 1bit は使われていないことになります。Dレンジが足りているか確かめるために、無音部分のノイズレベルを調べてみました。「回想」の0分24秒付近、冒頭のオケの導入が終わり、木村好夫のギター・ソロが入る直前の無音部分のスペクトルを次に示します。

ノイズスペクトル (10.回想 0分24秒付近)
yamato10_0m24s_log_CD1985DE_.png
yamato10_0m24s_log_CD2012_.png
yamato10_0m24s_log_HR2014_.png

 1985年盤はプリエンファシス入りですので、ディエンファシス後のスペクトルを掲載しています。16.2kHz に何かのクロックが飛び込んでいるのが見えますが、全体としてはほぼアナログテープのヒスノイズ形状を見ていることになります。ノイズレベルは -67.1 dBFS(RMS) ですので、ノイズの標準偏差 σ = 14.5 LSB となり、16bit 中の下位 4bit はほぼノイズしか入っていないことになります。正規分布するランダムノイズ波形の peak to peak はおおむね 6σ なので、波形で見ると約90 LSB の太さのノイズです。本アルバムの録音は STUDER A-80 によるノイズリダクション (Dolby or dbx) 無しの16トラックマルチ収録とのことですので、これを入れる箱としては CD の 16bit は十分過ぎる深さだと思います。
 2012年盤のノイズレベルは -61.5 dBFS(RMS) と 6dB 近く上がっており、σ = 27.6 LSB なので、下位5bit はほぼノイズで埋もれています。前掲の対談での「弱音部を嵩上げして bit 分解能を確保している」という説明に、いまひとつ説得力が感じられない所以です。スペクトルの形状は1985年盤と比べてややハイ上がりの傾向になっており、高域を持ち上げて分解能重視の音作りになっているのがわかります。1985年盤にあった 16.2kHz の飛び込みはきれいになくなっています。
 ハイレゾ盤は fs=96kHz ですので、48kHzまでの伝送帯域があります。20kHzを超えたあたりからノイズの PSD はダラ下がりになっており、収録に使ったアナログレコーダーの周波数特性がそのまま見えている感じです。スペクトルのバランスは 2012年盤CDと同様にややハイ上がりで、音作りの方針は2012年盤のマスタリングを踏襲していると思われます。ノイズレベルは -61.2 dBFS(RMS) と 2012年盤CDとほぼ同じですが、bit 深度が 24bit あるため、ノイズの σ = 7340 LSB となり、24bit 中の下位 12bit はノイズしか入っていません。波形で見たときのノイズ p-p は実に 40000 LSB もあります。これだけDレンジに余裕があるのに、2012年盤とさほど変わらない平均音圧にしてわざわざピークを潰しているわけですから、ハイレゾの器の無駄遣いにもほどがある気がします。

 さて、ハイレゾの利点は bit 深度の他にも可聴帯域外の高域伝送がありますので、楽器の倍音が多いパートで確認してみます。「回想」の1分47秒付近、外山滋の絞り出すようなバイオリン・ソロのスペクトルを比較してみました。倍音が等間隔でわかりやすいように、周波数軸はリニア表示にしています。

バイオリン・ソロのスペクトル (10.回想 1分47秒付近)
yamato10_1m47s_lin_CD1985DE_.png
yamato10_1m47s_lin_CD2012_.png
yamato10_1m47s_lin_HR2014_.png

 さすがにハイレゾ、20kHz より上まできちんと出ています。ソースに含まれる高域成分にもよりますが、この部分では 27kHz あたりまで倍音のピークが確認できます。1970年代の録音ですが、スタジオ用機材の性能は確かなものがあります。ただ、残念なことに筆者の耳がもう 15kHz 以上は聞こえなくなっていますので、せっかくのこのハイレゾの恩恵を全く体感できないのが悲しいところです。

 以上、ハイレゾ音源の音質について客観的なデータを元に検証してきましたが、肝心の音の違いはどうなのでしょうか? 本サイトの他の記事では音声ファイルを掲載しての聴き比べを積極的に行っていますが、今回は異なるサンプリング周波数の音源の比較となるため、あえて掲載はしていません。通常、web ブラウザからの再生ではOSのミキサーでリサンプリングされてしまいますし、たとえ排他モードでそのまま DAC に送れたとしても、DAC 自体の fs 違いによる個性込みの評価になります。加えて、本来はアナログで処理すべきディエンファシスをどうするかなど、再生環境に依存しない公平な比較はなかなかに困難です。言い換えると、そこに気を使わないとわからないくらいの微妙な違いしかありません。
 高域抑え目で聞きやすいバランスの1985年盤に対し、2012年盤はやや高域が硬めで、その分だけ個々の楽器の分解能が高く聞こえます。LPのライナーノートにあるように、タンノイのスタジオモニターで聴く分には高域抑え目の調整の方がよかったのかもしれません。ハイレゾ盤も基本的には2012年盤と同じ音の傾向です。2012年盤とハイレゾ盤をブラインドテストしたとして、筆者に聴き分けられるかは微妙です。1985年盤との聴き分けは比較的容易ですが、トーンコントロールで高域を同じように調整してしまうと、こちらも聴き分けられるかどうか、自信はいまひとつありません。
 本作のハイレゾはニセレゾではない本物のハイレゾなので、その点では大変ありがたいのですが、惜しむらくは 24bit のビット深度を生かしてもう少しDレンジを広く使っていただけたら、とちょっぴり残念に思います。

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