昔のCDの方が音がいい? ~交響組曲 宇宙海賊キャプテンハーロック~ [新旧CD聴き比べ]
昔の音源をCD化する際には大抵「デジタルリマスタリングにより高音質化」が謳われているわけですが、果たして本当に音はよくなってるんでしょうか?
今回はアニメ劇伴の名盤「交響組曲 宇宙海賊キャプテンハーロック」をとりあげます。
宇宙海賊キャプテンハーロックは1978年3月から約1年間にわたり放映されたTVシリーズで、劇伴は横山菁児 (よこやま せいじ) 氏の作曲によるオーケストラサウンドです。前年末の1977年12月に「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」が発売になっており、大編成のオケを贅沢に使った劇伴に追い風が吹いていた時代でした。「ヤマト」の方は豪華なストリングスをプラスしたビッグバンドといった趣なのに対し、「ハーロック」はかなりクラシック寄りの作りになっています。「交響組曲 宇宙海賊キャプテンハーロック」は、劇伴として使う素材を8曲にまとめたもので、オリジナルのLPレコードは1978年5月の発売です。
CQ-7005 (1978/5/25)
交響組曲 宇宙海賊キャプテンハーロック (LP)
このアルバムの演奏は熊谷弘指揮の「コロムビア・シンフォニック・オーケストラ」となっていて、LP封入のライナーノートにはオケのメンバ一覧と収録風景が掲載されています。コロムビアのスタジオでの収録と思われ、収録日は1978年2月です。実はその4か月前 (1977年10月) に「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」の収録が同じコロムビアのスタジオで行われており、今回のオケのメンバもおよそ半数は「シンフォニック・オーケストラ・ヤマト」と同じ顔ぶれです。バイオリンには読響の音楽監督退任後のソロ活動時代の小林武史氏が「ヤマト」に引き続き参加されている一方で、ヴィオラ菅沼準ニ、ファゴット霧生吉秀ほか、クラシックの一流どころが新たに加わっているのが目を引きます。
このアルバム、交響組曲と銘打たれてはいますが、そこはアニメの劇伴なので、パートによってはリズムセクションががっつり入ります。しかし、その自由さのおかげで、安倍圭子の荒れ狂うマリンバや、木村好夫のむせび泣くギターなど、当時日本を代表する演奏者たちによる多彩な表現を楽しめる組曲に仕上がっていると言えるのではないでしょうか。筆者のお気に入りの一枚です。
さて、このLPなのですが、残念ながらマスターテープのテープヒスノイズが非常に大きく、通常のボリューム位置で再生してもうるさいくらい耳につきます。1978年当時、このLPレコードをカセットテープに録音すると、Dolby NR無しの場合ですらソースのノイズの方が大きく、曲間の無音部分から曲の頭に入るとノイズが増加するのがはっきりわかりました。
その後1985年に初CD化され、筆者も音質改善を期待して購入しましたが、ノイズに関してはLPとほとんど変わりませんでした。トラックダウンしたマスターテープに入っているノイズを忠実に再現しているのだとすると、これはもうどうにもなりません。CDの場合、曲間は完全に無音になりますので、曲の入りでの「サー」というノイズがいっそう際立つことになりました。
32C35-7667 (1985/12/21) / 再販 COCC-11504 (1994/2/1)
交響組曲 宇宙海賊キャプテンハーロック (CD)
そんな中、2001年になると、既発売の音源に加えて未発表音源も網羅するコロムビアの「エターナルエディションシリーズ」として、キャプテンハーロックも再編集盤が発売になりました。「交響組曲 宇宙海賊キャプテンハーロック」に収録の8曲は「ETERNAL EDITION File No.1&2」の中に収められています。
COCX-31697 (2001/11/21)
宇宙海賊キャプテンハーロック エターナルエディションFile1 (CD)
このCDを聴いて最初に驚いたのは、あれほど耳障りだったヒスノイズが、全くと言っていいほど聞こえなくなっていたことです。「これはすごい」「別マスターが発掘されたのか?」と一瞬躍り上がりましたが、1曲目「序曲」の頭からすぐに強烈な違和感を感じることになりました。冒頭、宇宙の海のテーマが打ち寄せる波のように弦で盛り上がっていくのですが、なんというか、音の空気感が失われているというか、圧縮音源っぽい不自然さです。
わかりやすい例として、3曲目「愛」の24秒あたりを聞き比べてみましょう。1985年盤と2001年盤ではマスタリングの音圧も違いますので、同じ音量となるように1985年盤の方はレベルを補正してあります。1985年盤のマスタリングはヘッドルームも十分確保されており、+5.5dBの音量補正を行ってもクリップすることはありません。なお、本ページに掲載の音声ファイルは拡張子が .mp3 となっていますが、中身は非圧縮の.wav (44.1kHz/16bit) です。
3.愛 0:24 (1985年盤 音量補正+5.5dB)
再生できない場合、ダウンロードは🎵こちら
3.愛 0:24 (2001年盤)
再生できない場合、ダウンロードは🎵こちら
この曲はハネケン (羽田健太郎) の甘く囁くようなピアノ・ソロの入りが非常に印象的なのですが、2001年盤の方は高域がこもって倍音が聞こえません。もともとこのアルバムのピアノはややオフ気味のミキシングとなっているのですが、2001年盤はさらに2階席の奥で聞いてるような遠ざかり方です。それでいて、弦の音量が上がっていくと急に高域が聞こえてくるようになります。これはひょっとしてノイズサプレッサがかかっているだけなのでは? と思い、スペクトルを比較してみました。
これはピアノの弱音部分で、赤が1985年盤、紫が2001年盤です。2kHzより上の帯域が20dB近く下がっており、ピアノの倍音のピークも一緒に下げられてしまっています。ハイ上がりのテープヒスノイズの形状がそのまま下にシフトしていますので、ノイズが入る前の別マスターが発掘されたわけではなく、ノイズサプレッサを強くかけてヒスノイズを抑え込んでいる疑いが濃厚です。
こちらは弦の音量が上がってきた部分で、このくらいの音量になると10kHzくらいまではそのまま出るようになりますが、10kHzより上はまだかなり下げられてしまっています。また、音量に関係なく60Hzより下の超低域がごっそり落とされているのがわかります。特にスピーカーで聴いたときに空気感が失われている印象になるのは、この低域カットによるところも大きいと思われます。
もう一箇所、7曲目の「寂光流離(さすらい)」の3分8秒あたりを聞き比べてみましょう。
7.寂光流離 3:08 (1985年盤 音量補正+3.0dB)
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7.寂光流離 3:08 (2001年盤)
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コントラバスを強奏する時に弦を擦る音が2001年盤ではまるっきり聞こえなくなっていますし、中央で奏者が弓を構えるかすかな演奏ノイズも消えてしまっています。この他のパートでも、ファゴットやイングリッシュホルンのバルブの開閉音など、臨場感を感じさせる微小音が軒並み失われているのがわかります。確かに耳障りなヒスノイズはきれいになくなっているのですが、これはちょっとサプレッサのかけ過ぎで、音質的にはかなり残念な仕上がりと言わざるを得ません。
なぜこんなマスタリングになっているのか、その理由を想像すると、「エターナル」は主題歌や他のアルバム音源とのオムニバス構成になっているため、それらとの間のノイズレベルのバランスをとるために強めのノイズ抑圧をせざるを得なかったのかもしれません。一部の曲だけノイズレベルが高いと、事情を知らないカスタマからはクレーム対象となることもありえますので、メーカーとしては辛いところです。
というわけで、ノイズは耳障りではありますが、情報量が多く自然なマスタリングの1985年盤の方を筆者は今も愛聴しております。ここ20年来の業界の音圧競争のおかげで、同じ音源ならなるべく古いプレスのCDを探した方が高音質、という実に情けない状況になってしまっていますが、本作もその災難からのがれることはできなかったという事でしょうか。ハイビットでのデジタルリマスタリングは大いに結構なのですが、できれば余計な化粧を頑張るのではなく、現存するマスターを忠実に再現する方向でお願いしたいものだと切に思います。
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今回はアニメ劇伴の名盤「交響組曲 宇宙海賊キャプテンハーロック」をとりあげます。
宇宙海賊キャプテンハーロックは1978年3月から約1年間にわたり放映されたTVシリーズで、劇伴は横山菁児 (よこやま せいじ) 氏の作曲によるオーケストラサウンドです。前年末の1977年12月に「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」が発売になっており、大編成のオケを贅沢に使った劇伴に追い風が吹いていた時代でした。「ヤマト」の方は豪華なストリングスをプラスしたビッグバンドといった趣なのに対し、「ハーロック」はかなりクラシック寄りの作りになっています。「交響組曲 宇宙海賊キャプテンハーロック」は、劇伴として使う素材を8曲にまとめたもので、オリジナルのLPレコードは1978年5月の発売です。
CQ-7005 (1978/5/25)
交響組曲 宇宙海賊キャプテンハーロック (LP)
交響組曲『宇宙海賊キャプテン・ハーロック』 [12" Analog LP Record]
- アーティスト:
- 出版社/メーカー: 日本コロムビア
- メディア: LP Record
このアルバムの演奏は熊谷弘指揮の「コロムビア・シンフォニック・オーケストラ」となっていて、LP封入のライナーノートにはオケのメンバ一覧と収録風景が掲載されています。コロムビアのスタジオでの収録と思われ、収録日は1978年2月です。実はその4か月前 (1977年10月) に「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」の収録が同じコロムビアのスタジオで行われており、今回のオケのメンバもおよそ半数は「シンフォニック・オーケストラ・ヤマト」と同じ顔ぶれです。バイオリンには読響の音楽監督退任後のソロ活動時代の小林武史氏が「ヤマト」に引き続き参加されている一方で、ヴィオラ菅沼準ニ、ファゴット霧生吉秀ほか、クラシックの一流どころが新たに加わっているのが目を引きます。
このアルバム、交響組曲と銘打たれてはいますが、そこはアニメの劇伴なので、パートによってはリズムセクションががっつり入ります。しかし、その自由さのおかげで、安倍圭子の荒れ狂うマリンバや、木村好夫のむせび泣くギターなど、当時日本を代表する演奏者たちによる多彩な表現を楽しめる組曲に仕上がっていると言えるのではないでしょうか。筆者のお気に入りの一枚です。
さて、このLPなのですが、残念ながらマスターテープのテープヒスノイズが非常に大きく、通常のボリューム位置で再生してもうるさいくらい耳につきます。1978年当時、このLPレコードをカセットテープに録音すると、Dolby NR無しの場合ですらソースのノイズの方が大きく、曲間の無音部分から曲の頭に入るとノイズが増加するのがはっきりわかりました。
その後1985年に初CD化され、筆者も音質改善を期待して購入しましたが、ノイズに関してはLPとほとんど変わりませんでした。トラックダウンしたマスターテープに入っているノイズを忠実に再現しているのだとすると、これはもうどうにもなりません。CDの場合、曲間は完全に無音になりますので、曲の入りでの「サー」というノイズがいっそう際立つことになりました。
32C35-7667 (1985/12/21) / 再販 COCC-11504 (1994/2/1)
交響組曲 宇宙海賊キャプテンハーロック (CD)
そんな中、2001年になると、既発売の音源に加えて未発表音源も網羅するコロムビアの「エターナルエディションシリーズ」として、キャプテンハーロックも再編集盤が発売になりました。「交響組曲 宇宙海賊キャプテンハーロック」に収録の8曲は「ETERNAL EDITION File No.1&2」の中に収められています。
COCX-31697 (2001/11/21)
宇宙海賊キャプテンハーロック エターナルエディションFile1 (CD)
宇宙海賊キャプテンハーロック ETERNAL EDITION 1&2
- アーティスト: 水木一郎,熊谷弘,岡本仁,コロムビア・オーケストラ,YUMI&MINA,コロムビア・シンフォニック・オーケストラ,田中瑤子
- 出版社/メーカー: 日本コロムビア
- 発売日: 2001/11/21
- メディア: CD
このCDを聴いて最初に驚いたのは、あれほど耳障りだったヒスノイズが、全くと言っていいほど聞こえなくなっていたことです。「これはすごい」「別マスターが発掘されたのか?」と一瞬躍り上がりましたが、1曲目「序曲」の頭からすぐに強烈な違和感を感じることになりました。冒頭、宇宙の海のテーマが打ち寄せる波のように弦で盛り上がっていくのですが、なんというか、音の空気感が失われているというか、圧縮音源っぽい不自然さです。
わかりやすい例として、3曲目「愛」の24秒あたりを聞き比べてみましょう。1985年盤と2001年盤ではマスタリングの音圧も違いますので、同じ音量となるように1985年盤の方はレベルを補正してあります。1985年盤のマスタリングはヘッドルームも十分確保されており、+5.5dBの音量補正を行ってもクリップすることはありません。なお、本ページに掲載の音声ファイルは拡張子が .mp3 となっていますが、中身は非圧縮の.wav (44.1kHz/16bit) です。
3.愛 0:24 (1985年盤 音量補正+5.5dB)
再生できない場合、ダウンロードは🎵こちら
3.愛 0:24 (2001年盤)
再生できない場合、ダウンロードは🎵こちら
この曲はハネケン (羽田健太郎) の甘く囁くようなピアノ・ソロの入りが非常に印象的なのですが、2001年盤の方は高域がこもって倍音が聞こえません。もともとこのアルバムのピアノはややオフ気味のミキシングとなっているのですが、2001年盤はさらに2階席の奥で聞いてるような遠ざかり方です。それでいて、弦の音量が上がっていくと急に高域が聞こえてくるようになります。これはひょっとしてノイズサプレッサがかかっているだけなのでは? と思い、スペクトルを比較してみました。
これはピアノの弱音部分で、赤が1985年盤、紫が2001年盤です。2kHzより上の帯域が20dB近く下がっており、ピアノの倍音のピークも一緒に下げられてしまっています。ハイ上がりのテープヒスノイズの形状がそのまま下にシフトしていますので、ノイズが入る前の別マスターが発掘されたわけではなく、ノイズサプレッサを強くかけてヒスノイズを抑え込んでいる疑いが濃厚です。
こちらは弦の音量が上がってきた部分で、このくらいの音量になると10kHzくらいまではそのまま出るようになりますが、10kHzより上はまだかなり下げられてしまっています。また、音量に関係なく60Hzより下の超低域がごっそり落とされているのがわかります。特にスピーカーで聴いたときに空気感が失われている印象になるのは、この低域カットによるところも大きいと思われます。
もう一箇所、7曲目の「寂光流離(さすらい)」の3分8秒あたりを聞き比べてみましょう。
7.寂光流離 3:08 (1985年盤 音量補正+3.0dB)
再生できない場合、ダウンロードは🎵こちら
7.寂光流離 3:08 (2001年盤)
再生できない場合、ダウンロードは🎵こちら
コントラバスを強奏する時に弦を擦る音が2001年盤ではまるっきり聞こえなくなっていますし、中央で奏者が弓を構えるかすかな演奏ノイズも消えてしまっています。この他のパートでも、ファゴットやイングリッシュホルンのバルブの開閉音など、臨場感を感じさせる微小音が軒並み失われているのがわかります。確かに耳障りなヒスノイズはきれいになくなっているのですが、これはちょっとサプレッサのかけ過ぎで、音質的にはかなり残念な仕上がりと言わざるを得ません。
なぜこんなマスタリングになっているのか、その理由を想像すると、「エターナル」は主題歌や他のアルバム音源とのオムニバス構成になっているため、それらとの間のノイズレベルのバランスをとるために強めのノイズ抑圧をせざるを得なかったのかもしれません。一部の曲だけノイズレベルが高いと、事情を知らないカスタマからはクレーム対象となることもありえますので、メーカーとしては辛いところです。
というわけで、ノイズは耳障りではありますが、情報量が多く自然なマスタリングの1985年盤の方を筆者は今も愛聴しております。ここ20年来の業界の音圧競争のおかげで、同じ音源ならなるべく古いプレスのCDを探した方が高音質、という実に情けない状況になってしまっていますが、本作もその災難からのがれることはできなかったという事でしょうか。ハイビットでのデジタルリマスタリングは大いに結構なのですが、できれば余計な化粧を頑張るのではなく、現存するマスターを忠実に再現する方向でお願いしたいものだと切に思います。
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タグ:CD音質
2019-01-27 13:26
コメント(2)
1985年盤(95年も)はpre-emphasis入ってるので、
デジタルデータ上は高域が最大10dB大きいです。
by dameoyaji (2019-07-24 11:29)
コメントありがとうございます。
おっしゃる通りで、1985年盤はサブコードにプリエンファシスbitが立っています。
本ページに掲載のスペクトルはディエンファシス前のCDに入っている生データですので、テープヒスノイズが激しくハイ上がりになっています。
問題なのは、2001年盤がこのプリエンファシスされたハイ上がりの音源を元に加工がされてると思われることです。
加工の前後の違いがわかりやすいように、聞き比べの1985年盤はディエンファシス前の .wav ファイルを掲載しています。
音量の大きなパートはプリエンファシスでブーストした高域がそのまま出てきますので、小音量では高域がちっとも出ないくせに、ドカンと来るアタックは逆に高域過剰で非常に派手に聞こえるようになります。
アマゾン等のレビューで2001年盤の音質評価が意外に高いのは、このあたりに原因があるのかも知れません。
by 6ZP1-12F (2019-07-31 22:48)