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アナログFM放送とネット配信「らじるらじる」の音質を比較 [検証可能な音質比較]

 本日のお題は、FM放送についてです。各局がサイマル配信を始めたデジタルのネット放送と、昔ながらのアナログ地上波を受信するのとでは、いったいどちらが良い音で聴けるのでしょうか?

 試聴曲として取り上げるのは、2018年3月31日放送の NHK-FM 「アニソンアカデミー」内でかかった、田中陽子「陽春のパッセージ」です。

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陽春のパッセージ

陽春のパッセージ

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
  • 発売日: 1990/04/25
  • メディア: CD

 なぜにこの曲が?と思われるかもしれませんが、たまたま放送に使われたCDが手元にあったことと、昨今の音圧競争に毒される以前の良質な音源であること、もうひとつは、詳しくは後述しますが、このCDに入っている録音上の軽微な不具合が、伝送品質を評価するのに都合がよかったからです。

 まずはCDの波形を見てみましょう。現代の海苔波形とは無縁の、実に良好なマスタリングです。ピーク値は -0.40 dB、平均音量 -17.68 dB です。90年代の初頭までは、CDの持つ16bitの広大なDレンジを生かすこのような高音質マスタリングが当たり前でした。スペクトルはイントロ終盤のボーカルが入る直前部分を切り出して表示しています。

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陽春のパッセージ (CD)

 さて、元音源の素性がわかったところで、FM放送の音質比較をしてみましょう。最初はアナログ地上波をエアチェックした素材です。東京スカイツリーから 82.5MHz で送信されている NHK-FM を、室内に設置した1/2波長ダイポールアンテナで受信しています。送信所からの距離は約15km、スカイツリーが目視で見通せます。マルチパスもそれほど気にならないレベルで、受信環境は比較的良好です。
 スペクトルは上のCDと同じくイントロ終わりの部分を切り出しました。FM放送なので当然15kHzで帯域制限がかかります。わずかに19kHzのパイロット漏れが見えます。今回使用した受信チップは Silicon Labs の Si4730 ですが、完全デジタルでL-R差信号のDSB復調を処理する効果は絶大で、ほとんど歪フリーのMPXステレオ復調が実現できる世の中になりました。しかもこの石、量産単価が500円ほどです。時報の880Hzトーンの歪率を実測すればわかりますが、往年の高級オーディオチューナーに大枚をはたいていたのが馬鹿らしくなります。
 肝心の音の方は、実際に聴いて確認してください。番組パーソナリティ (中川翔子) の曲紹介の声が大きく、送出側のリミッタにかかって波形ピークがクリップしていますので、このクリップレベルがフルスケールとなるようにファイルの音量を調整してあります。コンプレッサー等で音圧操作をしている形跡はなく、CDをほぼそのまま流してくれているようです。さすがはNHKですね。

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陽春のパッセージ (NHK-FM 東京 82.5MHz アナログ受信)

 次はNHKのネットサイマル配信の「らじる★らじる」から、NHK FM(東京) を radikool を使って無劣化で録音したものです。らじるらじるは HE-AAC 48kbps での配信となっており、radikool では ffmpeg の引数に -acodec copy オプションをつけることにより、ストリームを無変換でファイルに落とすことができます。48kbpsと非常に低レートですが、スペクトルを見ると17kHzまで出ています。アナログ放送と違いS/Nも抜群で、無音時は本当に静かです。この低レートでこれだけの音が出せるHE-AACのコーデック (と言うよりはNHKが使っているエンコーダですね) は実にたいしたものです。
 ただし、やはり限界もあります。圧縮音源特有のボーカルがシュルシュルいうのが耳につきますし、細かい音が失われています。今回の試聴曲のイントロではシンセが高音でリズムを刻んでるんですが、らじる★らじるではそれが全く聞こえずに妙なクリック音になってしまっています。百聞は一見(聴)にしかず、聞き比べていただければと思います。

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陽春のパッセージ (らじる★らじる HE-AAC 48kbps)

 それでは、ビットレートをどこまで上げればFM地上波と同程度の音が得られるのでしょうか? 参考までに、CD音源を iTunes でデフォルト設定のまま AAC-LC 128kbps に変換したものが次になります。スペクトルを見ると、こちらも高域は17kHzまででスパッと切れています。とはいえ、もともとiPhoneに入れて騒音下の屋外で聴く用途にそんな繊細な高域は必要ありませんし、なにより筆者の耳はもう15kHz以上は聞こえませんので全く問題ありません。mp3 の 128kbps は圧縮くささが耳につくのですが、この AAC-LC 128kbps はかなり自然な聞こえ方をしてくれます。ボーカルもシュルシュル言わずに透明感が保たれていますし、今回の試聴曲のイントロのシンセもちゃんと聞こえます。圧縮フォーマットの差もあるのでしょうが、iTunes に実装されているエンコーダが優秀なんだと思います。らじる★らじるもこのくらいのビットレートで配信してくれれば、筆者の環境でもFMチューナーは完全にお役御免となるでしょう。

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陽春のパッセージ ( iTunes AAC-LC 128kbps)


 さて、ここからはおまけですが、実はこのCD、イントロの入りの部分をスペクトルで見ると、15.7kHz の HSYNC が結構なレベル (-66dBほど) で混入しているのがわかります。おそらくスタジオ内のCRTディスプレイからの輻射を拾ってしまっているのだと思われます。

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陽春のパッセージ イントロ (CD)

 FM放送は帯域15kHzということになっていますが、このHSYNCはちゃんと見えています。レベルは -76dB なので、10dBほど減衰していることになります。NHKの送り出し側の帯域制限フィルタの肩特性がだいたいわかりますね。

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陽春のパッセージ イントロ (NHK-FM 東京 82.5MHz アナログ受信)

 しかし、らじる★らじるの HE-AAC 48kbps ではこの HSYNC が全く見えなくなります。高域は17kHzまで再現できているはずなのですが、マスキングで聞こえないと判断された鋭いスペクトルピークは、圧縮の過程で間引かれてしまっているようです。イントロのシンセの高音が消えてしまったのも同じ現象ですね。

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陽春のパッセージ イントロ (らじる★らじる HE-AAC 48kbps)

 一方、AAC-LC 128kbps ではこの HSYNC がバッチリ見えています。レベルもオリジナルのCDと変わりありません。音質の違いを検証可能なデータで見ることのできる面白い例だと思います。

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陽春のパッセージ イントロ ( iTunes AAC-LC 128kbps)

 以上、FM放送の音質について、なるべく検証可能な形で比較してきました。現時点では 48kbps のネット放送よりもアナログFM波を受信した方が良い音が得られる ということになります。

ただし、ここが重要なのですが、

 これはFMの受信環境に恵まれている場合に限り言えることです。弱電界ではS/Nが低下するのはもちろんなのですが、なによりちょっとマルチパスがあるとサ行が歪んで非常に耳障りになりますし、ピアノがじゅるじゅるいって聴けたものではなくなります。そんな環境ではたとえ 48kbps でもネット放送のほうがはるかにマシですね。筆者の環境でも送信所が東京タワーからスカイツリーに変わったことで NHK-FM の受信状態が改善し、音質が劇的に向上しました。
 よい電波が捕まえられる住環境かどうかは多分に運次第ですので、電波難民の救済という意味からも 128kbps、せめて 96kbps でのネット同時配信を期待したいところです。

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コメント(6) 
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camaro Z28

大変参考になりました。
ネットラジオを録音するか、昔ながらの高級FMオーディオチューナー+TASCAMデジタル録音機でエアチェックするか迷っていましたが、やっと踏ん切りつきました。
やっぱりFM放送は最高、って言うのが感想です。
by camaro Z28 (2019-07-31 11:41) 

FM愛好家

興味深い記事をありがとうございます。
質問があります。
「Silicon Labs の Si4730」はチューナーではなく単なる基盤のようですが、これを使ってチューナー自作しているのですか。
そうだとしたら、素人でもできるものですか。
安価にデジタル出力できるチューナーに興味があります。
林式FPGAチューナー(こちらも自作が必要らしいです)と比較していかがですか。
ちなみに私の使用中のチューナーはDENON TU-1500AEです。
by FM愛好家 (2019-08-15 10:30) 

6ZP1-12F

コメントありがとうございます。
筆者が使っているのは Silicon Labs 社が提供しているチップ評価用のデモ基板です。
SI4731-DEMO
https://www.silabs.com/documents/public/user-guides/Si4731DEMO.pdf
DigiKey やマルツでまだ入手可能だと思います。価格は5,000円くらいです。US仕様なので、受信周波数範囲とプリエンファシスの時定数は電源on後に毎回変更が必要です。チップ内蔵DACからのアナログ出力を聴く分には、特に改造はいりません。本ページに掲載の音声ファイルもアナログ出力のものです。チップにデジタル出力ピンはありますが、SPDIFでつながるようにするには外付け回路を作る必要があります。

林式FPGAチューナーはトラ技で拝見しました。未入手なので音は未確認ですが、評判よさそうですね。真似して作ってみたいです。
by 6ZP1-12F (2019-08-16 00:04) 

Mountshore

いまだにFMをエアチェック(もう死語か)をしている者です。
らじるらじるがどんな圧縮をしているか調べていて、このページにたどり着きました。非常に参考になりました。確かにサンプル曲のイントロでCDと比較すると圧縮特有のシュルシュル音がわかりますね。
サンプル曲がおっしゃる通り90年代の音圧競争が始まる前の高音質のもので差が良くわかります。私も85年~90年位の音質がアナログ技術とデジタル技術がうまく融合して、一番音質的に一番良い時期だったと思います。(過去形なのが悲しい。)
モニタにHSYNCがノイズとして混ざっているのは笑ってしまいました。90年頃だと曲の編集も基本デジタルのツールを(まだPCとかでなく専門の機器)使っていると思うので、HSYNCが混ざるとすると最初のマイク等アナログで入力する所でしょうか。まだNTSCのモニタの時代ですね。
ちょっと違う話ですが、Radikoとらじるらじるを聴いているとらじるらじるの方が音質が良いように思えます。この辺りも検索してみましたが、圧縮は同じHE-AAC 48kbpsを使っていそうですが、詳細はわかりませんでした。もし可能であればそのあたりも教えていただけるとありがたいです。
by Mountshore (2023-04-23 17:56) 

mrajinsky

はじめまして。
とても参考になる記事でしたので、ご挨拶させていただきます。しかも、《陽春のパッセージ》のCD-Sは、私も昔、買った覚えがありますので、なおさら嬉しいです。
私の現況では電波状況が良くないので、チューナーによるクリアなアンテナ受信はあきらめています。早くらじるらじるが高音質化してくれないかなと願う毎日です。
by mrajinsky (2023-10-08 05:26) 

Raffen

はじめまして。
この記事は大変興味深い。こちらは林式を使っていて、スカイツリーから13.53 kmで約80dBfの受信強度でSN比は94 dB@1kHzですが、16 kHz以上の音声がありません。林式はらじるらじるより圧倒的に音質が良いのですが、海外の放送局は320 kbps AAC-LCで生放送、聴き逃し番組は1ヶ月間で192 kbpsで聴けます。
by Raffen (2023-11-29 12:06) 

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